前田紀貞の建築家ブログ

亀田大毅と建築学科の学生

2007/10/18

画像












「徹していない・・・」
これは、先週、大学の学生達の設計案を見ながら感じたことであります。
いつも、「あれもこれも」で「平均的」にどっちつかずに手を出してしまうことで、そのどれもが中途半端に終わり、結果、「徹する」ことができない。

物を造る時のひとつの秘訣は、「限界まで簡潔であり数少ないこと」と言えます。
これは、「シンプルなデザイン」などという次元のことなどではなく、反対に、「徹底的に装飾するも徹するのひとつ」、そういう意味においてのことです。
一旦決めたら、「それ以外」には目もくれず徹底的に関わろうとする、これが「徹する」ことの真意です。
そういう意味では、「あれも良いかも!これも良いかも!」というような「物わかりの良さ」が無い分、時にそれは往々にして行き過ぎになってしまい、事の「端っこ」にまで辿り着いてしまうようなことさえ多々あります。
「そりゃ、やり過ぎじゃないの?」ということです。

でも僕は、最初のうちは、この「端っこ」のエッジまで行ってしまう「やり過ぎ」くらいが調度いいのではないか、と思うのですが。
まずはやり過ぎる。そして、そこかから余計なものを剪定してゆく。
逆にそこまで行かない、いや、行けない物わかりの良さのまま、あれこれと講釈だけをたれるのは早過ぎる、と。
「徹する」は、「端っこ」ととても関係があります。



さて、「亀田大毅」について。
ネットやニュースで見ていると、亀田ファミリーへのマスコミの向かい風は相当なものです。
これは当然のことながら、亀田大毅選手のあのルール違反をはじめ、それを指示したセコンドの亀田父のああした姿勢じたいが容認されるべくもありませんから。
また、安っぽい武士道気取りでの「切腹」なんて、少なくとも「男」を表に出す以上、そんな無闇に口にされるべきことではないでしょう。そもそも、彼等が口にするような武士道などというものは、本来の武士道とは何の関係もないものですし、武士道とはもっと耐えることや質素、そして何よりも「慎み」にその礎が置かれてしかるべきです。

新渡戸稲造の著書「武士道」の中に
「武士道では 不平不満を言わない忍耐と不屈の精神を養い、他方においては他者の楽しみや平穏を損なわないために、自分の苦しみや悲しみを外面に表さないという礼を重んじた」
とある通り、そういうものなのです。
いわば、彼等の安っぽい浪花節的雰囲気だけの武士道とは、全く逆のものです。
ですから、今回の日本ボクシング協会の処分は、妥当と言えるものだと思います。


しかし・・・・・・・
というのが、今回の趣旨です。

上のようなことは、勿論、当然のこととしてあり、もはや誰でもが感じていることかもしれません。だからこそ、それだけの普通過ぎる理由を以て、亀田ファミリーの10を10、全否定してしまうようなことが果たして全くの間違ではない、と言えるのだろうか?ということであります。

まずとても率直に感じることは、今回の亀田批判をしているマスコミたちのうち、いったい何人の人が、その若い頃、亀田のような一途さを持って生をほとばしる情熱だけで生きようと歯を食いしばり続けていられたのか? 更には、「徹する」ことに己を無垢に賭けていたのだろうか? ということです。
加えて、今回のことをとやかく言える程、十代の頃、それほど礼儀正しく人に接することができていたのだろうか? です。
少なくとも僕は、あの年齢の時分、彼等ほど純粋に「生きようとする」ことには足下にも及びませんでしたし、礼儀ひとつにせよ、ひとつとも褒められたものなどなかった・・・・、というのが全く正直なところです。
今となっては、自分の会社や大学で、エラそうに礼儀のことを少しは話する時間を持ったりもしますが、そもそも僕自身にそれほどの分別があって立派な人間であった訳ではありません。
どれだけ、他の人を傷つけ、怒らせ、嫌な気持ちにさせてきたことか。それは、用心していても、今でもまだ治らない自分の大馬鹿なところです。


そういうふうに、何か今の日本のマスコミは、とてもいびつに、事を「平均化」したがり、口当たりのよい批評をすることだけに慣れてしまい、亀田のような尖って苦くて食べにくい「端っこ」に、「悪役」のレッテルを貼ることで、自らが全くの正義の中で安堵しようとしているように思えてなりません。
どこか「端っこ」という「そっち」との間に境界線を引くことで、大義名分や体制に守られた「こっち」の自分達の安全を確認し合っているようで・・・・。
「僕はやってないからね。やったのは君だよ君。悪いのは君だよ。僕は悪くないからね」といった感じです。
どうしてもそういうものが、不自然に感じられるのであります。


さて、料理の時に出る「アク」は、料理界の「常識」では掬い取られ捨てられるべきものでしょう。それは、料理の「端っこ」にある邪魔者というような感覚です。
でも、僕は、鍋料理の時、「アク」が浮かんでくる風景を見ているといつも、なんか、それを全部捨ててしまうことが違うように思えてなりません。
勿論、あの泡状になったドロドロの物体(=端っこ)だけを食べたい、というのではありません。でも、あのドロドロを見ていると、何か、捨てるのが惜しい、何かそこにこそ素材が主張しようとしている強いものがあるようで仕方ないのです。もっと言えば、あれに耳を傾けないことに、何か料理のマニュアルの横暴さと言えるものさえ感じてしまいます。
確かに、アク取りをしないと料理に臭みが残ったり、汁が濁ってしまうと言われていますが、では、その臭みとか濁りって、本当に10が10、全否定されて不必要なものなの?と。


あの亀田大毅、亀田父、然りです。
ああいった非礼な態度(アク)じたいを賞賛する趣味などさらさらありませんが、でも、あのほんの一部にでも、今は失われてしまった何かの「かたち」とか「おもい」を見て取ることが、我々に本当に全くできなくなってしまったとしたら・・・・・。
特に、これからの日本の父親というものは、このまま、平和で温厚、物わかりのよい「息子のお友達」のままで良いのでしょうか。


私事で恐縮ですが、大正生まれであったうちの父親は、一見、温厚であった反面、至極厳格な人でもありました。
僕たちが小さい頃、近所のガキ大将に少しでもこづかれたりすると、それを聞き終わるか終わらないかのうちに、もう上着を羽織って玄関扉を開けており、僕を夜中の街へ引っ張り出し、その張本人をとことん探し出そうとするような人でした。「子供のケンカに親が出るな」というルールからすれば今回と同じく反則ですよね。
でも、そういう時でも、そのガキ大将には、決して声を荒げることなく、しかし同時にこれ以上無いくらいの威圧感の込められた物腰柔らかな太いしゃがれ声で諭しをするのです。
腹の中は、全く逆だったでしょうに・・・・。
そして帰りの道すがら、幾つかの話を聞かせてくれたように思い出されます。
例えば戦国時代、威勢の良さだけを売りにした群雄割拠していたあまたの武将達と、最後まで残ったほんの数人の頂点の武将達との間にあった「たったひとつの違い」とは、煎じ詰めれば「忍耐」の一文字だった、というようなこと。
まだ幼く、聞いてもちんぷんかんぷんの僕にとっては、まるでお経のようでもありましたが、ここで、親父が「勇敢」と「忍耐」という対極のことについて伝えたかったのだろう、と、そのほんの僅かな片鱗程度は感じていたのかもしれません。
でも、翌朝になれば、「“おはようございます”の声が聞こえない!」という理由での連続張り手!!

一方でどんなことをしてでも子供を守ってくれようとする深い愛情と、他方での彼の体全体から滲み出てくる威圧感や怖さが、いったいどうして同居しているのか全く理解不能でした。
でも、「お父さんは絶対的に信頼できる」という気持ちが揺らぐことはありませんでした。


恐らく、今回の亀田事件は、10のうち8は褒められたものではない、と僕自身も感じています。
ただ、残りの2という「アク」の中「だけ」にしか存在し得ない、「あるとてつもなく純粋な何か」を見て取ることのできる眼差しを僕たちが「全く」失ってしまった時、その時には逆に、これからの僕らの後進たち、いや、僕たち自身さえもが、とても危険なことになってしまうのではないか、と予測するのであります。


亀田選手は「いじめっ子」、内藤選手は「いじめられっ子」。
そういうあまりに単純な役割分担ですべての事が進んでいるようですが、でも、今の感情に走ったマスコミの扱いを見ていると、今度は、亀田側こそが「いじめられっ子」になってしまっているように見えてなりません。批判している本人たちが同じことをしているように見えてなりません。
「いじめっ子」が負けてしまったら、これをいいことに、それに加勢するようにして、脇から出てきた関係のない誰も彼もがその子を皆で叩き始める・・・・。
なんか、農耕民族に特有な陰湿な多勢に無勢なようで、そんな空気を僕は好きになれません。


マスコミは、美味しい話題を与えてくれる「役者」の御輿を担いだり落としたりします。その落差あるものこそ、「持ち上げ甲斐」があり「落とし甲斐」があるのであって、その落差=利益です。
でもちょっと考えてみればすぐにわかることですが、本当に問題なのは、そういったマスコミのしたり顔の大義名分をそのまま鵜呑みにし、それに影響された無思慮でその場限りの意見を、あたかもそれがすべての真理のように口にしてしまう、今の日本の大人の側にあるのではないでしょうか。
でも、これらのことを子供達はしっかりと耳をダンボにして聞いています。これが問題なのです。こういう子供たちは、10のうち2の部分、という「アク」の部分が、完全に欠損した大人になってしまいます。

マスコミで頻繁に口にされる「亀田ファミリーには間違ったことは教えないと・・・」ということには同感であります。日本人どうしならまだしも、こと、外国人相手の対戦であの態度では、日本人としての品格に傷が付くのですから。
だからこそ、今回の日本ボクシング協会の処分は正しいものだ、と言いたのですし、その意義も確実にあるものと思います。
その処分の中で、亀田ファミリーには、「勇敢」と「忍耐」の見極めもできるようになることでしょう。

でも、そういった矯正されるべき宜しくない点と天秤にかけても、それでも余りある「端っこ」の力が亀田にあることも事実です。
逆に、そういう「徹する」ことや「端っこ」のものまでもが、すべて捨て去られてしまうような勢いに、日本人全員が雰囲気の中で染まり始めることになったとしたら、それはどうなのだろう?ということです。

あれだけ他のどんな若者よりも、日々、苦しい生の精進をしてきた血と汗と怒号にまみれてきた若者に、日本人総勢での憎悪や感情的な目を向けるだけ、ということになってしまうと。
これは、大人と呼ばれる者たちが、真正面切ってしてよいことだとは、どうしても思えないのであります。

同時に、どんな至らぬ点のある父親であれ、その人を敬うことを至上の価値とする親子関係。これは、明らかに、今の日本では忘れ去られていることであります。でも、そんな子供たちを育て上げたのは、他ならぬ、あの亀田父であることも確かではないでしょうか。

そういう大人としての「厳しい目」と「大きな目」とが、両方あるからこそ、日本のこれからのボクシング界、いや、僕たちの日本の家族の「教え」の姿は深くなってゆけると信じたいものです。
正に「勇敢」と「忍耐」ということかもしれません。

沢尻エリカの幼いがゆえの身勝手さによって、関係者全員の努力や好意を泥にまみれさせてしまった、ちょっと前の話とは、その本質が全く違うように思えます。
掬い取れるものがあるものと、全く無いもの。そういう違いです。


あの極端に「徹する」「端っこ」の親子の姿から、今の日本人が一番忘れてしまっている何かを少しでも掬い取れる、そういうことができる器量があるか否か。それは、僕たち自身自が試されるひとつの機会であるとさえ感じます。



話はそれますが、少し前、芥川賞作家でミュージシャンの町田康が、やはり同じミュージシャンである布袋寅泰と個人的なケンカになり、町田康が叩かれた腹いせに警察署に被害届けを出したという出来事がありました。
そもそも町田康というのは、「INU」という、日本でも恐らく一番早い頃の筋金入りのパンクバンドのボーカリストであり、殺気に満ちて大きな物(体制)に巻かれないその姿勢に、その頃、僕たちはとても共感を感じたものでした。彼等の「めし食うな!」という曲を、必死にコピーしていました。
でもこの事件の見事なあらすじとは、体制に批評的であった彼が、歳をとって芥川賞という権威に受け入れられ、序々に裕福と体制側に寄ってきた結果、自分達の個人的な諍い(いさかい)を、「お上(警察)」に「告げ口」した、ということになるのです。ここでの「お上」とは、散々、彼が批判していた相手に他なりません。
「おおっ??パンクバンドがお上に泣きつくんかい!!」ということです。
がっかり・・・。もはや町田康の「アク」は、完全に濁りの無い澄んだ溶液になってしまったのです。

そもそも、ロックもボクシングも、その出だしは、世の中の「端っこ」の人間がやっていたもので、それほどに褒められた職業ではなかった筈です。
でも、だからこそそこに、体制側の傲慢や不正に、真正面切って批判できる、もはや守る物など何もない者が力を持って立つことができた訳です。
ボクシングに限って言えば、それはローマ時代の奴隷同士の見せ物から発したようなもので、それをその後、無理矢理スポーツという枠組みにはめて行った訳ですから、今のスポーツマンシップというような美しい範疇に完全にしっくりと納まる、と言うに無理がある競技なのかもしれません。
事実、観客の側だって、どこかにその暴力的片鱗を期待しているのが偽りの無いところでありましょうし、もしかしたら、今回の反則騒ぎだって、本当の純粋なボクシング関係者以外の場外批評者にとっては、格好の暇つぶしか酒の席の肴程度にしかなっていないのかもしれません。
そこが一番の恐いところです。


僕は、反則が許されるなどと言っているのではありませんし、もともと「端っこ」の競技なのだから野蛮で結構、ということを言っているのでもありません。
しかし、どんなものにでも、そこから出てくる「アク」が完全に吸い取られてしまい、潔白で小綺麗な主張だけが褒め称えられるようになってしまうと、他のもっと重大な支障が頭をもたげて来るような気がしてなりません。
社会主義国の、もともとは貧しい革命の勇士が、時経るごとに裕福で傲慢な独裁者に変容して行ってしまうお決まりの手続きと同じような臭いが、そこでプンプンするのです。






ああ、最初は、学生の話から始まったんでしたっけね。
でも、話題はズレても本質は同じことです。

僕は、彼等(学生たち)には、おりこうさんで物わかりよく成績秀でた者であるより、多少の難こそあれ、ひとつのことに、まずは徹底的に「徹する」ことのできる者になって欲しい。
そういったことで、ある意味、彼等が「端っこ」まで「徹する」ことができないようであれば、そこに先は無いように感じるのであります。



建築家 前田紀貞  建築家との家づくり、家を建てる

maeda-atelier.com

最新の記事